2017年09月16日

部落史授業の空白の50年

 部落史の教材をつくった。cat.jpgこの俺が
 某人権読本に部落改善運動の教材を入れることにした。部落史に関しては解放令の制定から水平社の結成までの50年間は空白の50年となっている。途中、学ばなくてはならないことは多い。しかし、研究自体も進んでは居ないのが実情だ。
 なぜならば、前近代は身分制度の中での被差別身分の研究ということでそれなりに成果はあがっていると思うのだが、近代史ではほめることが水平社運動くらいしかないので、というのが言い訳のようだ。
 なぜ、貧困化に陥ったのか。いわゆるスラム化による「特殊部落」の形成という観点での研究はあった。被差別部落なるものは近代において生まれたものだという見方だ。それは正しいと思う。しかし、これまでの民衆史的視点から見るといいことのない歴史にしかならないのであろう。「元気が出る」「村のこどもが顔を上げられる」そういう授業にならないとこまる。そういう現場的な思い込みが何かを踏みとどまらせているのではないだろうか。
 そうこうしているうちに部落史はおろか部落問題そのものを知らない教師たちが増えているとも聞く。それならば「顔を上げられない」ほど部落問題を意識している子どもたちが、差別する側にもされる側にもどれだけいるのだろうか。このあたりになると教師も運動体も積極的な発言が非常に乏しくなる。日頃、教育現場にいない我々研究者にとっては困った事態になっている。もしかすると「顔を上げられない」子どもたちというのは、「同和」教育運動が展開し始めた頃の子どもたちのことであって、その後の歳月の中で子どもたちの意識は随分と変わっているのではないかと思うのである。なにしろ誰も情報をくれないのだ、とぼやいてもしょうがないか。
 それはさておき、なぜ部落史の授業に50年の空白があるのか。まずは先ほど触れた貧困化は基本的に負の歴史になるので「元気が出ない」ので授業しにくいということ。部落改善運動は自己責任や恩恵主義が水平社運動とそぐわないので教えにくいということなんかが理由なのではないかと思われる。何しろ水平社宣言で「これ等の人間を勦るかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた事を想へば、此際吾等の中より人間を尊敬する事によって自ら解放せんとする者の集團運動を起せるは、寧ろ必然である」と改善運動のような運動を否定しているから尚更である。
 しかし、そうではない。部落=地域を住みよくしようということは決して悪いことではないはずだ。そう思って、某運動体の役員の方に聞いてみたら、
「確かにそういう改善運動をしてきた歴史はあるし、それ自体はまちがってはいない。そして水平社運動とは別のものだと思う。但し、史料はない。」
というような答を得た。
 暮らしをよくしようということが悪いはずはない。なぜそれを水平社宣言は批判しているのか。それは部落をいくらきれいにしても、経済力をつけても、道徳的に高めたとしても、そのことは差別の解決にはならなかった。そしてそのことを目的とすると堕落した、ということに過ぎない。
 で、やむを得ず自分で教材をつくってみた。ネタとしては『福岡県教育会々報』に掲載されていた部落改善運動の報告書を使った。
 解放令のあと、新政反対一揆があり、この中で解放令反対もスローガンに入っているし、各地で被差別部落の焼き討ちも行われている。これにちょっと触れる。その後貧困化が訪れ、差別が顕在化する。そこに学校の教員が入り込んで改善運動を起こすという解放令以降40年をざざっと叙述し、それでも差別はなくならなかったということで、生徒達に差別とは何かについて考えさせる物語だ。
 教材の中で「差別」という言葉は使わなかった。「仲間はずれ」という言葉でさりげなく触れた。さりげない「仲間はずれ」が深刻な差別であるということが重要な気づきになればいいのだと思うのだが、
〈差別を告発する〉
強い口調がないと何を伝えていいか理解しにくいらしい。その説明のための資料もつくるように言われている。なぜ「差別」という言葉を使わなかったか。元の史料に使われていないからである。教育会の会報に乗せた教師の文章はこうである。
「中に何故とも知れず、寂しさうに壁に倚凭つて、多勢の児童が歓び戯れる有様を眺めながら立つてゐる一団がある、可愛さうにも唇を噛みしめながら、勇気を出せ………懼れるな………と言てやりたい顔つきで、人知れず暗涙にむせんでゐる父兄もある、これぞ彼等の境遇と知るもの誰が一掬の涙を濺がざるべき。嗚呼、何故に我等ばかり卑められたり辱められたりするのであらふ」
 要は仲間はずれなのである。子どもだけではない。親たちもそうなのが部落差別なのである。この時期に「部落差別だ」とは彼らは叫んでいない。それは後世の運動から言わせる言葉であって、それをその状況で言わせたら歴史の捏造になってしまう。「同和」教育運動は一つの運動だから、運動としては差別と闘うのは正しい。しかし、歴史をねじ曲げてしまってはいけないのだ。それは今の子どもたちの状況の説明でも言えるのだが、それはまあいい、措いておく。当時は「仲間外し」であり、実はそれが差別の本質なのだということを生徒達は主体的に、対話的に深く学んでほしいのである。ていうか、教師たちが生徒にそう学ばせてやってほしいのである。
 しかたがない。近代部落史のアウトライン(新谷史観だ、文句あるか)、授業の展開例までつくらないかん。それと連載の原稿、それと福岡市人尊協の講演準備。そんなのをこの週末の台風の中でやらねばならぬ。自分の体力・能力(仕事が遅い)を超えた仕事量だ。嗚呼、今夜も夜中を過ぎてしまった。
posted by 新谷恭明 at 00:31| Comment(2) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする

2017年03月10日

女子大生は本を読まない?

 先ほど紹介した大学生協連合会の読書時間調査で面白いのは、男女別のデータである。

男女別読書量

 男女差を比較するなんていうのは、男女共同参画の時代に問題ではないか。というのが最近の傾向だが、データに顕著な数値がついてくれば、その意味は性差別を改称するためにも必要なことであろう。この表を見ると2005年までは女子のほうが読書時間が長かった。前回紹介した1960年の記事では「男女別で見ると、女子のほうがいくらか読書人が多く」とある。子細は元になっている日本読書学会『読書科学』31号を探してみてくれればいいが、その傾向が続いていたのか、あまり意味をもなかったのかは途中のデータも見なければわからないからなんとも言えないだろうし、あえて論じようとも思わない。
 問題はその後である。2006年で女子の読書平均時間数が男子と逆転して下回り、読書時間ゼロの数値も2008年に女子が男子を抜き、その差は開いている。そして2016年には女子の読書時間は限りなくゼロに近くなっている。
 2015、2016年とこの問題に関して数値が急激に悪化しているのは女子の数値の変化に依るものであると思われる。これはデータをとるときに何か事故があったか、さもなくば男女共同参画もジェンダーフリーもなんのその、女の子が莫迦な女に堕ちていっていることを示してはいないか。信じたくはないが、【図表21】の右端の意味を理解しかねている。
posted by 新谷恭明 at 16:27| Comment(0) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする

本を読まない大学生

2月24日付の朝日新聞に次のような記事が載っていた。
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 1日の読書時間が「0分」の大学生は約5割に上る――。全国大学生活協同組合連合会(東京)が行った調査でこんな実態が明らかになった。一方、スマートフォンの利用時間は増えた。調査は毎年行っており、全国の国公私立大学30校の学生1万155人が回答した。
 1日の読書時間が「ゼロ」と回答したのは49.1%で、現在の方法で調査を始めた2004年以降、最も高かった。平均時間も24.4分(前年比4.4分減)で、04年以降で一番少なかった。読書の時間が減る一方で、スマートフォンの1日あたりの平均利用時間は161.5分と、前年より5.6分増えた。
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 1日の読書時間ゼロがほぼ大学生の半分。2004年以降の最高値だという。しかし、驚くべきことだろうか。
 これは全国大学生協連合会の調査によるものだ。データはHPを見ればいい。

http://www.univcoop.or.jp/press/life/report.html

 読書時間に関しては2004年度からのデータのようだが、それでも13年間の変化は見て取れる。読書時間ゼロという数値と30分以下の数値を足すとほぼ50%前後で推移してきた。この読書時間の表を見るといい。生協HPの【図表20】から作成したのだが、「30分も読まない学生」の数は一貫してあまり変わらなかった。変わったのはこの1~2年だということだ。上昇傾向はこの5年くらい見られなくはないが、急に変化している現象であり、まあ、「ゆとり世代」と重ねてみる安直な分析がしやすいのかもしれない。
 しかし、2010年にはゼロの学生は最低値を示していたことを考えれば、早急に答えを出せる数字ではないと思われる。学生が本を読まないことを嘆くのは今にはじまったことではない。1960年8月30日付の朝日新聞のコラム「季節風」では「近頃の青少年は本を読まなくなったというのが、むしろ定評のようになっているが、はたしてどうであろうか?」と書き出している。この疑問文の書き方は逆説的であり、「世間で言われる以上には読んでいる」という答えを想定しているのだろう。いずれにせよ、60年安保を闘った先輩諸氏には不本意な言いがかりに聞こえるだろう。
 現在の大学生の親くらいになるのだろうか、1985年1月29日の朝日新聞では「意外!?学生は本が好き」というタイトルの記事を掲載している。先述のデータを出した大学生協連合会の調査を元にした記事だ。大学生の読書に対する意欲は高く、一日の読書時間は56分と「81年の48分を底に、少しずつふえてきている」とまとめている。この評価に対し、中野収(法政大学教授)は「学生は専門書を自力で読もうとしない」「60年代までは、大学生は大衆的なスタイルを持ちながら、専門書も読んだ。高級な本と大衆的な本とが両立した幸福な時代が70年の紛争を境に崩れている」と感想を述べ、安江良介(『世界』編集長)は「将来のテクノロジーの命運を担っているはずの理科系の学生の間で、読書は必要ないという傾向は強まっている」と読書無用論の登場を指摘し、「二、三十年先を考えると、こわいことではないか」と怯えているが、三十年後の現在いかがであろうか。
 ただし、この間に、1985年の大学進学率37.6%が56.6%へと20ポイント近く増大していることを忘れてはならない。ちなみに1960年の大学進学率は10.3%に過ぎない。この数値を同じ読書層としてカウントすることはおそらくまちがいであろう。仮に1960年の大学生のうち読書時間30分未満の者がほとんどいなかったとしても、当時の学生は現在の学生の20%に過ぎない。ということは最近の本を読まない大学生とは1960年当時は大学に進学しなかった青少年の問題であり、1985年ですら半分くらいに割り引いてあげなければならないのである。
 さらにそれに加えて「本なんか読む暇があるなら、その間に受験勉強をしろ」というようなかつてはなかったアホな教師による受験指導がまかり通り、そうした指導を受けた生徒たちがもっとアホな教師となってそれをより確信を持ったものとして子どもたちに伝えている現在の教育状況である。そういう状況をかいくぐっての学生諸君は、まだがんばっているとは言えまいか。
 もう少し突っ込むと、60分以上本を読む大学生は20%程度はいる。56.6%のうちの20%は率で言えば1960年頃の大学進学率に相当するし、60分というのは1985年の大学生の平均読書時間を上まわっている。大学生についてはそんなに心配する必要はないのではないだろうか。読むやつは読んでいるのだから。問題は先ほども書いたように、「読むな」という指導をする教員が増えてくることや、読書を強いる訳知り大人の横暴だろう。「本を読め、近頃の若い者は本を読まないからダメなんだ」というようなことをしたり顔で言われて楽しく読書生活に入れるであろうか。そんな訳知り大人たちも若い頃は「本を読まない」だの、「軽い本しか読まねぇな」という悪口を言われ続けてきた。もっと本を読んだら面白いぞ、という風潮を若者たちと共有すべきではないか。

 ついでに。どうせ言うのならば、日本国民の読書時間について議論すべき時期に来ているのではないだろうか。大学生はもはや日本の先端の〈知〉を測定するモノサシにはならないからである。

 参考までに。書籍の出版点数は増えているが、部数は1990年代から減少の傾向にあることが関係団体のでデータでわかる。書籍の生産意欲は増しているのだが、なかなか売れないというのが現状なのだろう。
http://www.1book.co.jp/003191.html

 
posted by 新谷恭明 at 15:59| Comment(0) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする

2015年10月06日

レポートや課題を書くときの注意事項

後期用に「レポートの書き方」をバージョンアップしてレポートを書くときの注意事項として作成した。学生諸君は熟読しておくこと。
posted by 新谷恭明 at 23:27| Comment(0) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする

2015年08月30日

学閥

 今日の日本教育学会でも日教組の研究発表があった。広田照幸さんの研究グループが熱心にやっている共同研究だ。私たち教育会研究(梶山科研)をしている者にとっても日本教育会と日教組の関係は大きなテーマなので関心は深い。で、教研が始まった頃の状況において、東大の3M(宗像誠也、宮原誠一、勝田守一)と称された東大教育学部の教授たちの関与は「必ずしも大きくなかったことが分かる」というくだりがあって、思わず質問をしてしまった。まあ、よく読めばわかることなので単なる確認に過ぎないのだが、上記に引用した箇所の前に「宮原誠一を除き」とあるのがミソで、どうやら宮原のリーダーシップで勝田などは後から引っ張り出されたという力学が明らかになったと見ていい。だから、関与が小さかったのではなく、関与は大きかったとみるべきなのだろうと思う。もちろん、宮原の存在の大きさを明らかにしたのは重要な発見であった。
 しかし、もっとおもしろかったのは、羽仁説子が愚痴っている文献の引用である。東大の教員たちの学閥への批判に対して勝田守一が「だってぼくたちは中学時代から同級生だった」と羽仁に言い訳した箇所だ。実際、勝田と宗像は東京高師附属中学の同級生だった。そしてこうした仲良しであることは歴史的にはけっこう大事なことなのだと思う。学閥は意識的に作ると言うよりこのように自然に生まれるものなのだと思う。
 「学閥は悪い」と言われればそれまでだが、勝田が思わず弁明したように、お友だちであるということは大きな意味を持つし、それが悪いとも思わない。そのお友だち意識が教研に影響を与えたということは隠すべきことでもないし、そうした意識を利用しながら、宮原はうまくやった、と評価したいと僕は思う。そしてそうした人間関係を巧みに分析解明した今回の研究に拍手、というところかな。今後の進展が期待される。
posted by 新谷恭明 at 18:26| Comment(0) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする

2015年08月18日

いくらでも出てくる。

 また出てきた。昨日校則に関してのレポートを見ていたら突然デュルケームの引用が出典無しで出てきたので、怪しいと思って調べたら大学教員A氏の授業掲示板とそっくりであった。しかし、A氏の授業掲示板の日付は7月29日付であるから、レポートの提出はそれ以前だし、ただ、デュルケームが「○○・・・○○」と述べたとだけあるので、見逃した。
 で、本日の採点中にまた同じデュルケムの引用があり、出典として「必要な校則は何か」と文末に記されていたので検索してみるとT大学2008年度冬学期講義「情報化と教育」において院生が作成したHPとほぼ同じ文章であった。
 以下3つを比較してみる。朱字の部分がほぼ同様の文である。多少言葉をいじっているが、実によく似ている。A氏は膨大な講義資料を掲示板に載せているので、この文章がいつ書かれたものかはまだ確認できていない。だからどちらがどうの、という判断はできない。しかし、ネット上にほぼ同一の文章が掲載され、それをわが1年生の学生がパクっている。それが現実だ。

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 フランスの社会学者、デュルケームは、「子どもが規制を尊ぶことを学び、またかくせねばならぬがゆえに自制し、ワガママを捨てる習慣を身に着けるのは、学校規制の尊重を通じてである。それは義務がもつ厳しさについての最初の体験であって、真摯な生活はまずここから始まる。」 と語っている。つまり、校則は「まじめな生活を送る生徒を育成するため」に存在しているということだ。また、どんな生徒もやがて社会に出ていき、いろいろな集団の構成員となっていくが、そんな時にその集団でのルールに従うことができる素直な大人になるための訓練であるとも言える。要するに、校則は生徒の将来のことを思って作られたのだ。もちろん、そうだからとはいえ、どんなに厳しい校則でも許容されるべきだというわけではなく、生徒の人権を尊重し、生徒の自由を奪いすぎない校則であることが重要である
(Q大学1年生レポート)
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デュルケーム(訳・1964)は次のように言っています。
「子供が規則を尊ぶことを学び、またかくせねばならぬがゆえに自制し、我儘を捨てる習慣を身につけるのは、学校規則の尊重を通じてである。それは義務が持つ厳しさについての最初の体験であって、真摯な生活はまずここから始まる」
校則は生徒がまじめな生活を送るためにある。これが彼の考える校則の教育的意味です。またそれに関連して、生徒が校則を守ることは、社会に出てから様々な集団の中でルールを守れる大人になる訓練であるとも考えられます。
校則は、生徒の将来のためにあるのです。
では、生徒のためならどんなに厳しく自由を奪う規則でも良いのかというとそうではなく、生徒の人権を尊重し、生徒の自由を奪いすぎないようにするのが大切です。
このようにデュルケームの言う校則の教育的意味はとても基本的なものであり、すべての校則の前提になっていると言っていいでしょう。

しかし、このことを踏まえていても、これは本当に意味があるのかと問いたくなる校則があると思います。次では、非行と校則についての議論をもとに、校則の教育的意味をさらに深く考えてみます。
人の外見は内面を映し出していると言われますが、教育でも服装の乱れは心の乱れとして、校則によって服装を規定し非行を防ぐという考え方があります。例えば、茶髪を禁止して、生徒が非行に走るのを未然に防ごう、というようなことです。
しかし、このことについて苅谷(1998)は次のように言っています。
「中学生時代の外見(服装や髪型など)が、そのまま大人になったときの『良い』状態とつながるわけではないことは、大人自身、自分たちの経験から実はよく知っていることです。(中略)校則の中身が何であれ、守るか守らないかが、学校に対する態度を判断する基準になるのです。」
つまり、校則は非行を防ぐためにあるというより、むしろ生徒の「正しい態度(正しい心のもちよう)を育て」るためにあり、これこそが「よい大人になることにつながる」のです。
したがって、校則は非行に対して有効かどうかはあまり問題ではありません。
校則は生徒の従順な心を育むためにある。
つまりこれも校則の大切な教育的意味だと考えられます。

(T大学2008年度冬学期講義HP 執筆は大学院生)
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 校則について、フランスの社会学者であるデュルケームは「校則とは子どもが規則を尊ぶことを学び、またかくせねばならぬがゆえに自制し、我儘を捨てる習慣を身につけるのは、学校規則の尊重を通じてである。それは義務が持つ厳しさについての最初の体験であって、真摯な生活はまずここから始まる」と述べている。校則は生徒がまじめな生活を送るためにある。これがデュルケームの考える校則の教育的意味なのである。またそれに関連して、生徒が校則を守ることは、社会に出てから様々な集団の中でルールを守れる大人になる訓練であるとも考えられる。よって、校則はとは生徒の将来のためにあるのだと考えられる。しかし、生徒のためといってもどんなに厳しく自由を奪う規則でも良いのかというとそうではなく、生徒の人権を尊重し、生徒の自由を奪いすぎないようにすることが大切であると思う。このようにデュルケームの言う校則の教育的意味はとても基本的なものであり、すべての校則の前提になっているのではないだろうか。また、人の外見は内面を映し出していると言われ、教育でも服装の乱れは心の乱れとして、校則によって服装を規定し非行を防ぐという考え方が存在する。しかし、外見と非行が必ずしも一致するとは思えない。校則は非行を防ぐためにあるというより、むしろ生徒の「正しい態度を育てる」ためにあり、これこそが「よい大人になる」ことに繋がるのではないだろうか。従って、校則は生徒の従順な心を育むためにあるのだ。つまり、これも校則の大切な教育的意味であると考える。
                                  (A氏授業掲示板)
posted by 新谷恭明 at 14:10| Comment(0) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする