2017年07月21日

佐々木盛雄『天皇制打倒論と闘ふ』第二章③

 さて、三つ目は日本歴史を虚偽なりとなす論だ。天皇制については「全く作為的な神話や、虚偽の歴史によつて作られたものであつて」「誤つた基礎の上に立つた天皇制は断じて維持されるべきものではない」という考えのことだ。
 この論者は「神話はその時の支配者を合理化するか、或は賛美するために作られたものである」と言うのであり、佐々木は「聖徳を景仰した人々が、その由来するところを、古代人に特有な宗教的感情をもつて伝承したものであるかも知れぬ」し、「当時の日本人の社会、生活風俗並びに日本人の考へ方そのものもあにはれてをり、この意味においては神話もまた一つの真実を伝へてゐるもの」だと反論する。
 また、「日本紀元の二千六百余年説への疑惑」「皇統の連綿性」なども「枝葉末節の問題」に過ぎないという。そして、以下のように言う。
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 なるほど日本の天皇は、或は始めは征服者であつたかも知れぬ。7そして被征服者の中には異民族もあつたであらうが、長き歴史の間に、婚姻やその他の同化作用によつて一つの日本民族に帰一しその民族の代表者として現れたものが天皇である。
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 このように天皇や民族を理解してしまえば、多少の史実のまちがいは天皇制を否定する論拠にはならないというのが佐々木の反論の趣旨である。
posted by 新谷恭明 at 16:52| Comment(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする
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