2017年07月20日

佐々木盛雄『天皇制打倒論と闘ふ』第一章

第一章は序説となっている。まずは時局の説明になる。
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・・・・余りにも痛ましき敗戦の現実は、しばしわれわれ国民をして茫然自失の虚脱状態に陥らしめた。然し「敗戦の贈り物」として聯合軍から与へられた民主々義日本建設の機運が台頭するにつれ、また「聖戦」の名によつて強行された今次戦争の実態が暴かれるにつれ、そしてまた敗戦の苦痛がひしひしと、われわれ国民の日常生活を圧迫するにつれて、国民の過去に対する静かな反省と、現状に対する鋭き批判とが漸次活溌となつて来た。「天皇制」に対する議論もまた、その一つの現れである。
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 基本的に戦争に対する後悔の念を強くしていることはまちがいない。そして「戦争中はもとより、敗戦の直後においてすら、日本人として、天皇制の問題が苟しくも国民論議の俎上に供せられるなどと予想したものが、果たして幾人あつたであらうか。」と振り返る。つまりは、この時期まで天皇制についての議論はタブーであったというのである。そしてこれが自由になったのは「一大政治革命」であり、それは「聯合国から与へられた『贈り物』であり、しかもこれは必ず受取るべき義務を有する『贈り物』なのである」と佐々木は見ている。ゆえに「天皇制の問題は、民主々義日本建設の根本命題であると共に、ポツダム宣言に規定された民主々義の枠の中で、わが国民の自由なる意思によつて決定されねばならぬことは今更云ふまでもあるまい。」と民主々義日本建設というものを大前提で論じようというのである。そして「おほらかに解放された自由な国民大衆の透明な観点から、『護持』、『打倒』両論の見解と主張とを素直に聴き、そしてそれらを冷静厳密に検討して、天皇制に対するわれわれ国民の真摯なる結論を得ようではないか」というのが、このパンフレットの趣旨となる。そして次のように第一章を締めくくっている。
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人民の政治組織は、その国の人民自身が選ぶので亡ければ真の民主々義とは云へない。なぜならば、われわれの組織は上から与へられるものでなく、われわれ自らが下から作り上げねばならぬからである。
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 なるほど、佐々木は戦後の歴史の中で民主主義者になっているのである。
posted by 新谷恭明 at 16:15| Comment(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする
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