2017年04月16日

教育勅語を正しく読もう


 明日の教職概論で教育勅語を学ぼうと思う。
 まずは前近代の子どもたちの育ちと学びについて考える。
次いで近代国家としての日本の子どもたちに期待された育ちと学びについて考える。ここで明治国家の教育観である教育勅語について学ぶ。そして戦後の日本国憲法下での子どもの位置づけ。競争主義社会での子ども観の変化。
高度経済成長後の子どもをめぐる環境の変化。そして現代の子どもの置かれテータ状況についての考察。
そんな形で授業を進めたい。
 ということで教育勅語を完訳しなければならなくなったので、杉浦重剛『倫理御進講草案』及び井上哲治郎『教育勅語衍義』の解釈に準拠しつつ現代語に訳出してみた。尤も、それぞれの表現の内容にまで踏み込んで両著は解説しているが、その趣旨を訳文に一言で表すのは難しい。例えば「夫婦相和し」を訳すと「夫婦仲良く」になるのかもしれないが、それでは井上、杉浦両先生は激怒されるであろう。人口に膾炙している国民道徳協会とやらの訳は「夫婦は仲むつまじく解け合い」となっているが、これもまた不誠実な訳文である。両著の解釈は夫婦の関係性を丁寧に説明している。井上は「妻ハ元ト智識才量多クハ夫ニ及バザルモノナレバ、夫ガ無理非道ヲ言ハザル限リハ、成ルベク之レニ服従シテ能ク貞節ヲ守リ」云々とある。現代語で言うと「妻はもともと知識や知能、度量はたいてい夫には及ばない。だからよほどひどいことをしない限りは夫には服従し、貞節を守るでんでん」と書いている。その関係性を現代語で表現するまでには至っていないかもしれないが、なるべくそうした碩学の解釈を生かした訳にしてみた。
 「朕」は「私」ではなく、天皇にしか使わない用語であり、杉浦重剛もかなり執拗にこのことには説明をしている。朕は天皇にしか使わない呼称なので、「天皇である私」というようなしつこいくらいの強調になってしまったが、「朕」事態にはそのくらいの重みと意味があるのだ。その文意が込められている「我ガ」などもそのように訳した。ともあれよりよい訳があればご教示願いたい。

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新谷版現代語訳
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朕(天皇である私)が考えるに、私と私の子である臣民のご先祖様がこの国を造ったのは天照大神以来の神話に由来するものであり、代々の天皇は国民に深く厚く徳を植え付けてきたということである。天皇である私の臣下である臣民は親に孝行をするように私に忠を尽くしなさい。日本は世界に類例のない素晴らしい国だ。だから、天皇の臣下である臣民はいつの時代も忠孝の道を実践してきた。そうした歴史が何より大切であり、教育の原点なのである。おまえたち、私の臣下である臣民よ、親の恩に対して孝行で報いること、兄弟は長幼の序の元に仲良くすること、そのように家族を大切にすることが国家・国力の基本となる。殊に夫婦が家を作るのであるから、それは国家の大本になるので、その関係は最も大切である。また親しい友との間には信義が必要である。謙虚であり、質素であること、自分を捨てて他人のために力を尽くすことがたいせつであり、それは国家のあり方にも通ずる。学問を学び仕事を身につけ自分の能力を高め、徳を身につけることは一家のため国家のために大切である。そして自分のためにではなく国家、社会の利益を考えよう。帝国憲法を重んじ、臣民として国法に従うこと。また、国家に危機があったときには一命をなげうって尽くさなくてはならない。そして皇室の発展のために少しでも役立つようにしなければならない。このことは天皇の臣下である臣民が今従順な臣民であることはもちろん。おまえたちの祖先がそのようにしてきたからだ。忠孝を第一に思う教えは私の先祖が遺してきた教えであり、その子孫である私と私の臣下である臣民はともに護らなければならないものである。そして忠孝の教えは今も昔も正しいし、外国でも正しい道徳のはずだ。天皇である私は私の臣下である臣民とともに決してこの教えを忘れず、だれもが同じ忠孝の教えを守ることを願うものである。



posted by 新谷恭明 at 21:37| Comment(3) | 研究ノート | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「夫婦相和し」は、天野貞祐「国民実践要項」によれば、「夫は妻を愛し、妻は夫を敬愛する」という訳になっています。要するに、単に仲良くする、という意味ではないようです。他のものも同様で、かならずそこには「序列にしたがって仲良くせよ」という意味があります。これを、「夫婦相和し」にもあてはめないと、とんだ誤訳になりかねませんね。つまり「暖かい家庭を作り」ではないのです。「妻は夫を立てる」という序列がそこにはあります。ここをうまく訳していただいたら、学生さんにはよくわかるでしょう。
Posted by 久米祐子 at 2017年04月16日 21:57
自分で訳しましょう。
Posted by 新谷恭明 at 2017年09月16日 17:58
そうそう、天野貞祐の解釈は井上や杉浦と立場がちがうので入れません。歴史的に戦後民主主義者の天野をここで参照するのは趣旨と異なります。それでは国民道徳協会訳の弁護になってしまいます。
Posted by 新谷恭明 at 2017年09月16日 18:01
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