2016年05月11日

抜き打ち小テスト

 「人権と社会」では学生に毎回課題を出しているが、どうにも課題を自分の頭で受け止めてむ、考えて提出しているとは思えない。で、今週は思い切って抜き打ちの小テストにした。
 試験なので、以下の点を守ること。
1.試験なので一人でやってはいけない。何人かで相談すること。
2.試験なので、静かにしてはいけない。わいわい話し合おう。3.試験なので、机の上にものを置こう。何でも取り出して参考にしよう。
 適当にグループを作ってもらった。仲良しグループだ。孤独に受講していた人は無理矢理くっつけてみた。2人~5人グループとなった。なかなか熱心に議論は進んでいるが、グループのメンバーかそろって、
「わからない」
というところもあった。そういうところはそろって、
「全滅」
と相成った次第だ。
 試験は筆記試験だ。書き方についての説明をする。
「配付資料や、板書やらに書いてあることをつなぎ合わせて書く人もいるけど、それはそこそこ点を取ることもあるようだけど、切り貼りしただけで自分ではわかっていない。なので、
「この講義を受けていないお友だちにわかるように説明してください」
と伝える。
 これが難しい。例えば「嵐」についてよく事情のわからない僕が一夜漬けでウィキペディアに書いてあることをまとめて説明してもぎこちない説明にしかならないだろう。しかし、「嵐」のファンならウィキペディアとはちがうことを熱っぽく語るに違いない。そのように自分の知識にしていこう。
 まあ、試験だからそう簡単にはいかない。文章を書く力というのは書く練習をしないと上達しない。しばしば見るのは学校の先生であっても文章を書けない人が多々いる。
 日頃、文章を書いているようでいて、実はきちんと書いていないことが多いのだ。日常的な思いを書くことには慣れていても、論理的に思考をまとめることはしていないのだろう。
 学生諸君は試験の答案と、ラインの書き込みくらいしか書いてきていないし、その試験の答案自体が正解を写すことであるかもしれないが、自分の思惟を表現するものではなかったはずだ。昨今珍しくはなくなった「小論文」もその指導は定番の型にはめる方法だ。うむ、思えばこれは日本の教育の百年来の課題であったな。
posted by 新谷恭明 at 16:40| Comment(0) | 講義日誌 | 更新情報をチェックする
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