2015年04月19日

儒教の家族観

 先日の研究会で気がついたことがある。いわゆる儒教的家族観とか、儒教的女性観というものがどういうものか、ということだ。『論語』『大学』といった儒学のテキストの中で家族や女性のあり方について論じた部分というのはあるのだろうか。儒書に精通しているわけではないから、そのあたりは専門家に伺いたいところなのだが、手元にあるそのあたりの〈儒書〉をぱらぱらめくってみたところでそういう議論はしていないように思える。ならば儒教的な女性観とか、家族観とは存在するのだろうか。
 貝原益軒の手になると言われる『女大学』は「儒教思想にたつ女子教訓書」(鹿野政直・鶴見俊輔・中山茂編『民間学事典 事項編』三省堂 「女大学」については天野正子が執筆)
 確かに貝原益軒は儒学者であるから、儒学者の言う女性観は儒学の女性観だと勘違いすることはあるだろうが、それは貝原益軒の生きた時代の女性観であって、儒学の体系が構成した女性観ではないのかもしれないと言うことだ。
 これは重要なことだ。「論語読みの論語知らず」という言葉があるが、儒教、儒学と言われる孔孟の教えというのは基本的に政治の学である。
 『女大学』に書かれている三従、七去という考えは『礼記』あたりに書かれているというのだが、まだそこまで調べるには至っていない。問題はどういう文脈で記述されているのか。そのあたりを調べなければ。
posted by 新谷恭明 at 18:27| Comment(1) | 研究ノート | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先日、福岡市内の小さな二ヶ所の会合で「儒教社会における女性の地位」という講演をしてきました。韓国での調査資料をもとにして。
Posted by 丸山孝一 at 2015年07月01日 10:25
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