2014年09月10日

Shock Doctrineと大学改革

 今日は何となく久しぶりの教員会議であった。終了後は「私を語る会」の予定であったが、丸野教育院長は「今日は議題もたくさんあって、皆さんたいへんお疲れだが、どうしますか?」とみんなの顔色を窺った。そして、「今日発表予定の方はどうですか、Hさん?」と発表予定者本人に移行を問う。しかし、そう問われても答えに窮するというものだ。要は丸野氏が疲れたのだろう。
 確かに神経を使う案件は多々あったと思う。会議を仕切るというのは非常にエネルギーを費消する仕事である。かといってそのあとのビールが旨いというわけではない。そのあたりがスポーツとはちがう。
 殊に疲れたのは国際教養学部をめぐる議論であったのだろう。先週彼はその件で文科省のヒアリングに行ったということであったし、議論として余りに課題も多いし、根深いからだ。その子細をここで書くつもりはない。外に出して話せる内容ではないからだ。
 しかし、だ。
 丸野理事はこう言う。
「毎年、運営費交付金は削減されている」
「競争的資金を取らなくてはならない。科研費の申請率、採択率が問題となっている」
「ともかく新しい学部は作らなくてはならないところに来ている」
「旧帝大の枠組みの残るかどうかが迫られている」
 定年まで3年を切った身としては、定年後の事案になる新学部についてどうこう言う責任はないし、言う権利もないかもしれないが、気になるのはこうした大学をめぐる流れである。公的資金の支出削減、大学間の自由競争、規制緩和による大学の増設、株式会社立大学、まさしくあのシカゴ学派の主張を大学改革に当て嵌めたような動きが続いている。大綱化あたりからの動きなのだろうが、法人化ではっきりしてきた。『Shock Doctrine』が示している路線が明確になってきた。ともかく研究費も大幅に削減されてきたし、人件費削減のあの手この手も恥ずかしげもなく登場してくる。今日の会議でも「年俸制」について報告があった。何度読んでもよく意味がわからないが、人件費抑制のための手段なんだろうということはわかる。それを「お得ですよ」みたいな感じで言い寄ってくるのはどうも詐欺師の手練に似ている。
 そんな中での新学部はいつどう爆発するかわからない爆弾のようなものだ。いくつかの大学でいろいろな形の爆弾をつかませられ、不運にも爆発してしまった大学は淘汰への道を歩むことになる。つまりはShock Doctrine=惨事便乗型資本主義のチャンス到来というわけで。そんなわけでミルトン・フリードマン『資本主義と自由』を発注してしまった。
posted by 新谷恭明 at 19:05| Comment(2) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そういう意味では、まだ改革が前向きですすめれる余地のあった時期(今から10年前)に国立大学を退官できたのは申し訳ないが良かったと思う。しかも「国立大学法人」は私が去った翌年度からスタートしているのだから、私は定年を退官とする最期の一兵。
その後の大学が置かれてきている動向、動静は名誉教授の会の集まりで大学現幹部からの報告で知ることが出来る。今回の「ミッションの再定義」とする改革、大変だと思う。前に逃げるしかないだろうか。
Posted by 桂木健次 at 2014年09月11日 06:54
そうですね。前に逃げるしかない。ということなのでしょうか。法人化の頃に部局の管理的な仕事にかかわることになり、その後大学いじめ、部局いじめの中で生き延びてきました。しかし、弱いものは淘汰されるという流れを実感します。
Posted by 新谷恭明 at 2014年09月11日 14:53
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