2016年12月27日

北清旅行記その1

 東亜同文書院の学生による報告書「北清旅行記」である。宮崎県所蔵の史料である。
まずは表紙
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報告書
北清旅行記
  宮崎県留学生
  東亜同文書院第三年生
永井彦吉
林田 勇
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結了 学第十三号 無期保存   官房/五月十五日/二乙第一一九三号
供覧 知本 得二■長      係  主任
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北清旅行記
 宮崎県留学生清国上海    永井彦吉
 東亜同文書院三年生     林田 勇
上海郊外桂墅里ノ我ガ校舎ヲ出発シタルハ四月九日午後三時招商局金利源嗎頭ニ繋留セル泰順号ニ一同便乗セシハ同四時半ナリシヤ船ハ荷積ノ都合ニテ明日出帆ト定マリタルモ蒲蓋皮鞄等一切ノ行李ハ已ニ積込リシコトナレハ本夜ハ船内ニ宿泊スルコトトナリヌ 泰順号ハ一千二百余噸荷物運送ヲ主トシ旅客ハ第二ノ目的ナレバ船室長江通ノ汽船ノ如ク清潔ナラズ待遇粗畧ナリ十日朝九時解纜シ黃浦江ノ濁流大船小艀ヲ縫フテ下ル江岸通ニ聳ユル江海北関宏壮ナル郵便会社果テハ日章旗ノ飜ヘレル奔放領事館、平素見慣レタル眼ニモ一ヶ月ほど帰来セサルコトト想ヘバ又目新ラシク最ト名残惜シキ心地ス 本船ト同時ニ各会社ノ碼頭ヲ離ルゝ汽船数多ク郵船会社ノ伏木丸ハ我泰順号ト競フテ下リ入港スル船モ又夥シキ中ニ郵船ノ春日丸アリ蓋シ長崎ヨリ来レルモノ実ニ送迎ニ遑アラズ カク此時出入多キハ潮時ノ都合ニヨルガ故ナリ右舷ニ当リテ田野雑林ノ間二三ノ洋館及民屋ヲ望ムハ即チ呉淞ナリ
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2016年12月14日

カツカレー蕎麦

 私見だが、もとい日本の麺類とカレーという外来種のマッチングというのは一つの冒険であったわけで、日本の伝統文化を重んずるタイプの人間や、何かと原点にこだわる人間にとっては「邪道」扱いしてきたのではないだろうか。いや、僕はそうしてきた。
 しかし、その相棒であるカレー自体がカレーライスとして日本の食卓に定着し、それはインドやタイなどのカレーなるものとは全く異なる日本料理であることも事実である。実際、長い時間煮込んで食材の旨みを引き出し、ある程度の粘性を持たせた日本のカレーはジャポニカ種の米を炊いた粘りけの多い「ご飯」によく合う。インドに行って、インディカ米にインドの「カレー」を手で混ぜ込んで食べるスパイスの香りいっぱいのとは全くちがう食べ物と言っていい。なにしろ牛肉や豚肉は食わないインドの産でありながら、日本ではビーフやポークを主役に抜擢し、あろうことか西洋料理のカツレツではなく〈日本独自の洋食〉とんかつなるものを載っけたカツカレーなどは日本の輸入文化以外ではあり得ない進化であったと思う。
 つまり、日本のカレーライスは十分に日本料理なのである。いわゆるカレー文化圏で仕事をしてきた友人に聞いたことがあるが、しばらくその辺りに滞在して日本に帰ると真っ先に食べたくなるのが日本のカレーライスなのだそうだ。
 そういうわけだから日本のカレーと日本の麺の相性が悪いとは言い切れない。実際、カレー南蛮というのは古くから蕎麦屋のメニューにあるし、蕎麦屋のカレーというのも独自のファンを持っている。幼少期に蕎麦屋でカレー南蛮の文字を見て惹かれるものがあったが、その頃は子どもの分際でそのような種物は頼めなかったことと、
「蕎麦っちゅぅのはねぇ、・・・」
と講釈をたれる訳知りのおとなに憧れていたので、ついぞ口にすることはなかった。
 それでもカレー饂飩には手を出したことがある。饂飩は蕎麦とちがっていろいろな味を受け入れる性質があるようだ。なので、鍋料理のシメなんかにもよく使われる。ご飯と同じようにお供によって引き立つところがあるのだろう。僕はササッと出汁にくぐらせるより、煮込みうどんとか鍋焼きうどんというように味を染み込ませたる食べ方が好きだ。それも饂飩が受け入れることで引き立つ魅力なのだろう。尤も、饂飩に一家言をお持ちの方には
「打ち立ての饂飩にちょっとの生醤油で行くのが最高よ」
という饂飩の美学を聞かされることもあるが、蕎麦好きからすれば、そういう状況では、
「生醤油が邪魔するね」
と蕎麦の味覚についての主張が出るだろう。実際、「もり」や「ざる」でいただく時はつゆもたっぷりとは含ませず、ちょこっとつけて啜るのがいいようだ。子どもの頃、『吾輩は猫である』を読んでいて、迷亭君が蕎麦を食う場面で「この長い奴へツユを三分一つけて、一口に飲んでしまうんだね。噛んじゃいけない。噛んじゃ蕎麦の味がなくなる。つるつると咽喉を滑り込むところがねうちだよ」と言うくだりに影響を受けてしまって、蕎麦というものを喰うにはそのようなうまく喰う作法があるのだ、そのような作法をこなすダンディズムを備えた大人になりたいと思うようになっていたから、余計そう思うようになっていた。後に父にそのように話したら、
「そうらしいな。ある蕎麦通がね、いまわの際にこう言ったそうな。『死ぬ前に一度つゆをたっぷりつけた蕎麦を食いたかった』ってな。」
と返されたのも今では思い出の一つだ。
 話を戻すと、蕎麦にはそうした作法がついてまわる。饂飩でそれをやるとどうにもいけない。蕎麦ならではの気取りというものがあると言っていい。先ほどの迷亭君も「饂飩は馬子が食うもんだ。蕎麦の味を解しない人ほど気の毒な事はない」と申しているのも気取りの有無が蕎麦と饂飩の間にはあるようだ。そう言えば、蕎麦を食うのを江戸っ子が〈たぐる〉というのもそうした気取りのなせるところだろう。
 まあ、饂飩のそうした鷹揚な性質から、ご飯同様いろいろな味付けを受け入れるところがあり、カレーうどんはむしろ定番の大衆メニューとして定着しているし、カレーうどんのマニアも多い。
 迷亭君に言わせると饂飩は馬子が食うものらしい。その含意は気取りの無いところであり、饂飩には主張する味が無いということになる。迷亭君は「蕎麦の味」を言うわけで、たっぷりのツユや種物などは邪道扱いされるのは当然のことだろう。
 『鬼平犯科帳』の中で料理通の同心である村松忠之進が若い同心の木村忠吾と蕎麦屋に入った時、天ぷら蕎麦を啜る忠吾に
「蕎麦というものはそんな食い方をするものではない。最近の風潮はわからぬ・・・」
みたいに嘆く場面があった。そう蕎麦の味を邪魔する天ぷら蕎麦のような種物も当初は邪道扱いだったのである。いや、僕は未だにそう思っているところもある。
 しかし、天ぷら蕎麦はうまい。
 日本の食文化は異質なものを採り入れ融合させて発展してきた。それが豊かな文化を育んできたのだ。だから日本では世界中の本場の料理が食べられるし、それらを適当に混ぜ合わせたエスニック料理とか、創作料理といったようなものが楽しめる。だからカレー蕎麦だってあり、なのだし、実際大昔からカレー南蛮なるものは蕎麦屋のメニューにあった。まあ、南蛮=外来種=邪道という位置づけはあったが。
 で、だ。友人がSNS上でカレー蕎麦を作ったということを書いていたので、おそるおそるやってみた。市販のカレールーひとかけが一杯分それを出汁でのばしてツユにする。蕎麦も適当な乾麺でやってみた。和風の出汁がいいのかと思っていろいろ試したが、素人が作ると洋風のコンソメのほうが相性がいいようだった。所謂「蕎麦の味」は乾麺とて相応の自己主張をする。それと自己主張しかないようなカレー汁がぶつかり合う。驚いたことにカレーうどんのように饂飩がカレーの味に染まっていくような融和状態ではない。たがいに主張し合ってそれぞれの味が前に出ようと鎬を削っている。それがいい緊張感を以て不協和音を奏でる。合わせようと和風出汁を使ってうまくいかなかったのはここだ。小賢しい妥協より、それぞれの自己主張をぶつけ合うのがいいようだ。心地よい緊張感の中で妥協せず、意見を言い合う。まさに共生の世界観が此処にはあった。以後しばらくの間カレー蕎麦にはまった。今も思い出したようにカレー蕎麦にする。
 Facebookの麺好きのグループで某店のカツカレー蕎麦の紹介があったのを拝見した。思わず、〈いいね〉にとどまらず、〈今度行きたい〉と書き込んでしまった。僕の中の古き伝統文化、気取りを超える一瞬であった。カツ&カレー連合軍はカツカレーというコラボの実績を既に新しい伝統の位置にまで引き上げている。蕎麦が負けずに自己主張をしてくれれば、これは僕の人生を一歩進めてくれるものになりそうだ。
posted by 新谷恭明 at 12:13| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

問題意識がなければ、目は節穴だということだ。

 今日の朝日新聞の「折々の言葉」に載っていた。川田順造の言葉(『〈運ぶヒト〉の人類学』)。もちろん鷲田清一選。
 いつも言ってきたことだし、いつも胸に刻んできた言葉だ。決して川田氏のオリジナルな言葉だとは思わないが、研究者ならば誰でも心がけていることであろう。とりとめもない歴史叙述を書いた後なので、余計感じるが、われわれは日常を何も考えずに見て暮らしている。しかし、学問というものは日常に存在するあらゆるものに問題意識を持って見ることで始まるものだ。
 川田氏の専門としている人類学などはそこで暮らしている人にとってみればふつうの暮らし以外何物でもないものを対象としているからよけいにこういう言葉がたいせつなのだろう。
 最近の研究を見ていると問題意識に欠落した研究が多い気がする。こう書けば
「お前はよほど意識の高い研究をしてきたのだろうな」
などというお叱りを受けそうだ。こういうことは年齢や時代の問題でもない。昔から問題意識の欠落した研究者はいっぱいいたからだ。ただ、昨今の業績主義はそれを煽っているような気がする。むりやり何か〈それっぽいもの〉を書いてよしとしようとするのだ。例えば論文のタイトル「~についての一考察」安直に学術研究らしい香りをそこに求めているのだろうが、「一考察」の意味は何だろうか。「ちょっと考えてみた」ということか、それとも「ある一面だけ見た」ということか。いずれにせよ学問的に詰めた形跡は想像できない。しかし、そのような形だけを見せかけようとする。そうして大量の雑文を論文リストに載せようというのだろう。
 問題意識というのは研究者自身が一人の人間として対象と出会うことで発生する。形だけ作ろうというのでは発生しないのだ。近頃は一人か二人のインタヴューで卒論を書こうという学生が頻繁に出てきていた。幸いにそうした環境から逃げ出したので、僕は困らないが、かつての職場は大変なことだろう。もちろんこれも昔からいた。いたけれども、それは稀にいる「劣等生」のものであった。彼ら「劣等生」は何年かに一遍発生し、大学教育を小馬鹿にして卒業していった人たちだ。しかし、昨今は毎年そういうのが出てくるようになったし、僕の退職する頃には一度に何人もそういうのがいた。というより、過半がそうなりつつあったような気がする。
「こんなものでいいだろう」
というようなやっつけ感が満載なのだ。そして「なんたらの一考察」にしても「なんたらの研究」にしても、まず週刊誌のでっち上げ記事より質的に落ちるものであり、それを臆面もなく卒論だとかいって提出してエリートづらをする。どうやら質の悪い方に合わせて論文を書くからどんどんそうなっていく。最近は大学院生もそのようだから、学会でもそのような研究発表が増えてきている。
 要は研究者としての問題意識の欠落がそこにはある。目的が何かの発見ではなく、紙に文字を印刷して提出すると学士号がもらえる、業績リストが埋まる、という類いのもののようだ。
posted by 新谷恭明 at 17:56| Comment(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする