2015年01月28日

試験問題

 本日は文系ディシプリン科目「日本教育史」の試験だった。
 これが本日の試験問題である。問題はやさしい。使用した史料はいずれも講義中に配布したものだったからだ。
 昨日、ちょいとした会合で出てきたのだが、ベーコン的知識観(唯名論的知識観)とカント的知識観(批判哲学的知識観)というのがあるという。唯名論的知識観に従えば、ひたすらに知識の量を増やすことが学びになるわけだが、カントのコペルニクス的転回というやつで、認識が対象に依存しているのではなく、対象が認識に依存しているということになると理解する力があれば、知識は詰め込まなくても獲得できるということらしい。
 このように資料を読み解くというのもそういうことなのだろう。試験対策として例題を練習してきた人間には「えっ!」かもしれないが、史料そのものについて読み込んできた人間には楽勝だったと思う。それにしても教育勅語をまるまる試験に出すというのは心地よいものだ。
posted by 新谷恭明 at 17:17| Comment(0) | 基幹教育 | 更新情報をチェックする

2015年01月12日

脩身論(脩身とは定則である)

修身論前編
阿部泰蔵 訳


 第一章 
  脩身ノ定則脩身ノ所作及ヒ志ヲ論ス
  第一条
   脩身ノ定則
修身論ハ身ヲ脩ムルノ定則ノ学ナリ故ニ之ヲ学フニハ先ツ定則ノ字義ヲ知ラサルヘカラス例セハ茲ニ二ツノ事アリ甲先ンスレハ乙必ス之ニ次ク此一定離ルヘカラサル関係ヲ定則ト名ケ或ハ之ヲ分テ其先ニ起ルモノヲ原因ト云ヒ次テ起ルモノヲ実効ト云フ

〈中略〉

身ヲ脩ムルコトモ亦此ノ如ク人ハ自ラ其所行ノ是非ヲ知ルモノニシテ霊言、偸盗、殺害、残忍等ヲナスハ其非ナルヲ覚エ真実、正直、慈愛、親切、記恩ハ其是ナルヲ覚ユ・・・・

〈中略〉

所作ノ是非ニ因リ心ニ苦楽ヲ覚ユルハ一定離レサルモノナリ故ニ之ヲ定則ト名ケ此関係ハ万物ノ霊タル人ノ行ヒニノミ限リタルモノナリ因テ之ヲ脩身ノ定則ト云フ
posted by 新谷恭明 at 18:05| Comment(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

2015年01月09日

外国人に比較したる日本民族の優秀性④

 嘗つて北支事変の時に、天津から北京まで各国の軍隊が一斉に行軍で駈付けたことがあつた。宛然これが国際的陸軍行軍力の競争のやうな観を呈したが、其のとき外国人より四寸も丈の低い日本の兵隊が、最も行軍力に於て強大なることを実証した。外国人は口惜しがつてあれは『日本の兵隊は徴兵制度で選り抜いてゐること、それから入隊後の訓練が良いからだ』と評したがその根底に体格の出来工合が根本的に違つてゐて、日本人は丁度重い荷を背負つて長時間歩くに都合好く出来てゐることを閑却した観察であつたのである。

※【コメント】訓練よりも体格の出来工合が行軍の力量に結びついたというのは、せっかく訓練をしてきた人たちに失礼だとは思わないのだろうか。

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 日本人は丈が低いから、日本の軍艦は天井下が従つて低い、それで戦闘に使ふ部分が夫れだけ広くなつてゐるのが特長の一つとなつてゐる。随つて同じ五千噸でも外国軍艦に比して戦闘力の率が遙かに高いことになつてゐる。また飛行機に乗つても身長が低く体重が少いから、それだけ爆弾も余計に積み得られる。向ふで二人乗る所は此方では三人乗れる。是れ等の点は皆な御神勅の使命達成の目的に適合するやうに出来てゐるもので、日本民族の優秀なる所以をみづから今にして自覚しなければならぬと思ふ。

※【コメント】身体が小さい分戦艦も飛行機もたくさん乗員を乗せられたり、その分爆弾を積めるなどと、「だからなんだ」と言うしかない。それは「便利な話」で「優秀性」とはちがうだろう。

※【綜合的コメント】レイシズムというのは田中寛一という偉大な学者の〈科学的〉な眼をもこのように曇らせてしまうものなのだと言える。いや、もしかすると田中寛一のビッグネームにこういうことを言わせたのが、この時代の圧力だったのかもしれない。田中寛一は加害者であったのか、被害者であったのか。もちろん両者は同じコインの裏表なのだろう。田中はその研究者としての責任から責められるべきだが、それ以上にこのような時代を作ってしまったことが問題なのだ。その「所以をみづから今にして自覚しなければならぬと思ふ」次第である。
posted by 新谷恭明 at 09:30| Comment(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする