2013年05月13日

倫理書

    凡例
一此書ニ由テ倫理ヲ教フルハ、専ラ人ノ、人ニ対シテ起ル所ノ情ノ、発シテ行為トナル物ニ就キ、其正邪善悪ヲ判断スルニ足ルベキ標準ヲ明示スルニ在リ。而シテ人ノ、物ニ対シテ起ル所ノ情ノ、発シテ行為トナル者ニ就テハ、此書ニ直接ノ関係ヲ有セズト雖モ、此書ニ就テ、倫理教フルニ際リ、間接ノ関係ヲ有スル者ノ如キハ、教師、之ニ論及シテ可ナリ。
posted by 新谷恭明 at 19:57| Comment(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

人権教育2

 なぜ逆効果になるのかというと、それは道徳の教科化を言った天野貞祐自身が戦前に修身科批判をしたところに明確にあらわれている。それについては福岡県同教機関誌『かいほう』245に次のように書いた。

 天野は昭和12年に出版した著書『道理の感覚』の中で、「生きた現実社会にどれほど反道徳的反理性的なものが跳(ちよう)梁(りよう)跋(ばつ)扈(こ)しているかを考えるならば徳育の非常にむずかしいことは明白である」と徳育のむずかしさを語り、学校で修身科の時間を増やしたところで徳育がさかんになる訳がないと修身科は無力だと言った。そしてその理由の第一は修身科は「徳行の方式を教えるに過ぎない」のであって、ややもすると最悪の偽善者を作りかねないこと、第二に「生徒の道徳感覚を鈍らす危険」があるとして、「断えず道徳の話を聞いていると道徳に対する新鮮な感情を失う恐れ」があり、「教え方によっては生徒の反抗心を挑発することさえもありうる」ことだと言う。そして第三に「修身科担当者をして修身は自己独占のことのごとく思わしめ、他の学科の担当者をして修身は全然自己と無関係のことのごとく思わせる」ことだ。今で言えば、人権について説く教師の前で「こらっ、静かに聞かんかいっ!」と生徒をひっぱたく教師がいるとすればそういうことだろう。

 天野は修身科を批判したことについては終生揺るぎない自信を持っていた。だから、道徳教育を教科でおこなおうとは考えておらず、道徳についての倫理学とか哲学といった科目を必要と考えていたのである。この点については『かいほう』246に掲載予定なので、そちらを見てほしい。
 この天野の修身科批判は道徳教育の教科化のみならず、「同和」教育や人権教育のあり方についても的を射た批判となって的を射た批判となっていると思う。というか、天野の言う通りの間違いを犯してきたと言ってもいいだろう。
 それは子どもたちに教訓を与えようとしてきたことである。言い方を変えれば教師の思いを伝えようという事だと言ってもいい。そしてどの程度教師の思いを受け取ったかで、教育の成果を判断しようとしてきたことだ。差別はいけない、人権は大切だ、ということを繰り返し語り聞かせ、子どもたちがそのように答えるように強いてきたのだ。
 例えば、仕事や労働について。よく使われるのが、ゴミの収集や屎尿処理の仕事を引き合いに出して、「これは立派な仕事だ」と褒め称える。10年以上前のことだったか、ダイヤモンドランキングというワークショップをやったことがある。職業を序列化していたと思う。そうしたら、一緒にいた〈学校の教員〉氏はゴミ収集の仕事を教師の上に位置づけた。僕は呆れてしまったのだが、この教師は自分の仕事に誇りもなく、ゴミ収集の仕事の下に自分の仕事を持ってきたのだろうか。それならばさっさと転職すればいいのに、そうはしないところを見ると被差別部落の人々に媚びているとしか思えない。
 さらに別な教材ではスーパーのパートをしているお母さんの仕事を立派な仕事だと尊敬する話が使われていた。これを教えるとき正規の職に就けない女性の視点はなく、一生懸命に働くことの価値、めだたないことでも世の中の役に立つという教訓を伝えようというのだろう。そこには雇用の不当さ、職業選択の理不尽さについては何も触れていないのである。
 それから十数年経って自体はますます深刻になってきている。雇用自体が人権問題であるにもかかわらず、それを避けた労働観、職業観の刷り込みがおこなわれるとしたらこれは人権教育にとって由々しきことなのである。そうやって教師の媚びや思いが無批判に子どもたちに押しつけるという姿勢で「同和」教育や人権教育は進められては来なかったか。胸に手を当てて考え直したいところである。
posted by 新谷恭明 at 16:35| Comment(0) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする

人権教育

 道徳教育に関しては国が『心のノート』を再び配布するようだ。一方で、人権教育は道徳教育とは対極にあるかのようなスタンスを持つ人たちがいたり、道徳教育に含まれると考える人たちもいたようだ。中には道徳教育と称して人権教育の副読本を使ったりする人もいるようなのである。
 これまでの経緯で見ると人権教育、ないしは「同和」教育を推し進めた人たちには道徳教育に懐疑的な人たちがいて、道徳教育を推進してきた人たちには「同和」教育や人権教育を疎ましく思ってきた人たちがけっこういたように思う。それらは誤解でもなんでもなく、それなりに歴史的経緯があってのことである。特設道徳は昭和33年の学習指導要領の改訂で設けられたものであるが、それは当時のいわゆる「逆コース」という施策の動きの中で行われたことであり、日教組などはそれゆえに「道徳教育」に反対の立場を取ってきた。しかし、日教組が道徳教育を否定したわけではなく、文部省の押しつけてくる「道徳教育」に反発しただけなのである。しかし、現場的には特設道徳はないがしろにしてきたのだろうと思う。「同和」教育を担ってきた人たちもおそらくそうした流れにいたのではないだろうか。なにしろ道徳の学習指導要領では人権も差別もほとんど記述されていないからである。
 戦前の修身科はその反省(徳目より方式)により、公民化教育刷新委員会において公民科との統合の方向で検討され、その答申をもとに『国民学校公民科教師用書』が刊行されたところで、新設の社会科に継承されていった。その社会科が道徳教育の任を十分に果たせなかったからか、昭和25年における天野文相による道徳教育発言が物議を醸し、この流れの中で昭和33年の学習指導要領が誕生することになった。元を辿れば社会科は道徳であっていいし、道徳は全教科・全教員で担うべきものだ。そのことは現在の学習指導要領においても原則は変わってはいない。原則は変わっていなくても、本質は変えられようとしている。つまり、教科化だ。それでは道徳教育は強化したようで教育的効果自体を喪失せざるを得ない。効果を失うばかりではなく、逆効果にすらなると思う。
posted by 新谷恭明 at 15:54| Comment(0) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする