2013年02月27日

『国民学校公民教師用書』二 指導の方法について

◎何よりも大切なのは、この教育をしてゆく場所であり、児童や生徒の生活の場所でもある学校の生活が、全体として、皇民的な生活を実行していくにふさはしい場所になつてゐなければならないといふことである。
◎このやうなやり方のうちで生活してゐれば、しらずしらずのうちに公民的な生活態度を児童や生徒にしみこませてゆくことができ、またそこで、公民的な生活活動を実際にする機会が与へられ、これらによつてその態度を形作つてゆくことができるだらう。

※要は環境だということだ。道徳的環境でなければ道徳教育は成り立たない。安倍内閣は道徳の教科化を目論んでいるようだが、本末が転倒している。学校の環境を道徳的にすることがまずは第一だ。道徳的というのは公民的ということであり、民主主義が徹底していて、生徒の権利が保障されている学校でなければ公民的資質は身につかないであろう。

(一)実践指導
1、生活指導
◎生活指導は、これまでの学校でも少しづつは行つてきたのであるが、これを公民科教育の方法として、全面的にとりあげたのは、今度がはじめてである。
◎生活指導は、児童や生徒の現にしてゐるありのままの生活の実相を見定めて、それを出発点に行はなければならない、といふことと、そのためには、児童や生徒の生活についての調査すなはち生活調査をしなければならないといふこととである。
2、自治の修練
◎自治の生活といつても、それは児童や生徒の生活のうちに見出されるのであるから、その指導はとりも直さず一種の生活指導なのである。
◎公民科の教育は、また児童や生徒に自発的に、自律的に、社会の一員としての責任感と、自覚とを養つて、その発展に共同する態度をつくらなくてはならない。自治の修練はこのやうなことを目ざして、それを実行によつて指導しようとするものである。
◎このやうな自治修練の機会は、国民学校でも、当番の自治とか作業の自治とか、あるひはまた学級の自治とかいつた適切なものがあり、中等学校でも、このやうなものの外、購買組合、校友会、読書会といつたものがある。また校外での青少年のいろいろの団体生活もその機会として大切な意味をもつてゐる。

※まずは実践指導だが、生活指導と自治の修練の2点から考える。生活指導は生徒の生活調査に基づいて行うべきである。自治の修練は学校内外の自治的活動を通して行われるべきである。生徒会活動の形骸化はそれだけでアウトだ。学校の中にはあらゆる場において自治的な修練を期する場面がある。しかし、命令文が多く発せられているのが学校ではないだろうか。
posted by 新谷恭明 at 01:07| Comment(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

2013年02月25日

天野貞祐の修身科批判その2

 そして道徳教育がうまくいかない理由を二つあげている。一つはその構造である。道徳的な価値はモノの価値とはちがって直接求めることはできないということだ。天野は「道徳的価値即ち人格的価値は事物或は事物関係の如き対象の価値ではなくして行為、心術のごとき作用の価値である」(同書二四〇頁)と言う。道徳、言い換えれば人格的価値は数字では計ることができないものだということなのである。われわれ人間が直接求められるのは低次の価値しかない。天野が挙げている例にしたがえば、友人が経済的に困っているときに、経済的支援をしたり、仕事の世話をしたりするだろう。これは具体的に見える価値の行為である。そうした行為の先に愛とか友情という道徳的価値が実現されるというのだ。逆に「兄弟喧嘩のみに没頭し親に心配のみさせてゐては如何ほど孝を口にしても孝といふ徳は実現せられない」(同書二四〇頁)
 天野の哲学的な表現でいえば「直接の目的となるものは低次の価値であってそれを質料として道徳的価値が実現され徳行が成立する」(同書二四〇頁)ということらしい。

※質料とは哲学用語で、広辞苑によれば、〈形相を具備することによって初めて一定のものとなる材料的なもの〉だそうで、わかりやすくいえば、〈家の構造は形相で材木は質料〉なんだと。つまり愛という道徳的価値(家)に対して友だちの支援というのは有用価値活動価値(材木)ということになる。

 「徳を生徒に与へることは出来ぬ」(同書二四三頁)そのむずかしさが道徳教育にはあるというのだ。
 第二に道徳的法則は自然法則ではないということである。天野が言うには、自然法則はあらゆるものを支配し、人間をも支配する。人間は自然法則に従いつつこれを利用する道を知っているだけなのである。
 ところが、道徳法則は人間の現実を支配してはいない。「現実における支配と勢力とは正義や真実の標識とはならない」(同書二四四頁)のである。例えば正直は最上の政策というなんてことは現実には適応されない。正直で成功する人もいるだろうが、それで失敗する人もいる。にもかかわらず、だ。「如何に金力権力武力暴力の如き諸勢力が社会を支配しても勢力への便乗屈服を潔しとせざる所に道徳性がある」(同書二四五頁)と天野は言う。これもまた天野の権力に対する批判なのだろう。更に天野は「一尾崎氏から論難された実践」がその後誰にも非難されず、その実践者もまったく責任感も示していないという例を挙げている。おそらく尾崎行雄が内閣を批判したことが黙殺されたことを指しているのだと思う。ちなみに天野の兄は尾崎の女婿であったという。それゆえに肩入れしていたのかもしれないが、いかに正しい道徳的批判であっても政治権力の座にあるものには蛙の面にしょんべんみたいなものであるが、それが現実であるから道徳法則は自然法則のようにはいかないということなのだ。
posted by 新谷恭明 at 23:45| Comment(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする

天野貞祐の修身科批判その1

 戦後文部大臣として道徳教育に大きな波紋を引き起こすことになる京都帝国大学教授天野貞祐は昭和十二年に筆禍事件なるものを起こしている。それは天野の著作『道理の感覚』にかかわるものであった。この本の「序」に「ドル買い非難の声が漸く盛んならんとした昭和六年の秋より、満州事変、五・一五事件、機関説問題の沸騰、国体明徴の提唱、二・二六事件、等々をへて今日に至るまで、日一日と高まりゆく社会不安の狂瀾を前景においてこの書を読んでいただゞき度いと思ひます。」と昭和初期の緊張感の中で書かれたものである。後に『天野貞祐全集』にこれを納めたとき天野貞祐は自ら「後書」に「『道理の感覚』はわたくしの生命(いのち)をかけた書である。これにわたくしは運命を賭けた。」と書いていることから相当の決意の上で出版したものらしい。
 この著作についてはもとより出版元の岩波書店の「編集部にはこれは無事に済まぬという意見もあったと聞く。どうでもかまわぬと考えて出版してもらった」という経緯で出版したものであり、「果たして、予期した通り事件が起こった。京都の地方新聞は「怪著、道理の感覚」という標題で第一面全部を埋める記事を出した」(天野「後書」)のである。これが筆禍事件であった。
 天野は自発的絶版というかたちで事件をおさめた。その後も警察の手が天野に降りかかるのではないかという不安はあったものの結果的にそうはならずにはすんだ。『道理の感覚』の何が問題であったのかというと、そこには修身科批判が書かれていたからである。
 天野は「一体わが国情を今日の窮境へ押し込んだ原因は何であるか。私はその原因が政治経済的であるといふよりは、むしろ道徳的であると思ふ。…健全な社会生活は道徳的基礎を必要とする。反道徳的地盤の上に順調な国民生活を望むが如きはまさに痴人の夢と言はねばならぬ。」(『道理の感覚』一〇三~一〇四頁)と当時の日本のおかれた状況を説明する。そして「生きた現実社会にどれほど反道徳的反理性的なものが跳梁跋扈しているかを考へるならば徳育の非常にむづかしいことは明白である」として反道徳的な人やモノで当時の日本が埋めつくされているから道徳教育はむずかしいと見た。
 当時の政財界、軍部などの動きを見ていれば、むしろ不道徳な人ほど権力の側にいることはあきらかであり、子どもの目にだって徳の高い人が権力を握っているようには見えかったのだろう。そうした指摘だけで、天野の見解はこの時代に対する充分な批判となっているだろう。そこには反道徳的なことをしておいて、子どもたちには修身科を強要しようとする人たちへの揶揄も含まれている。だから「諸学校における修身の授業時間を増しさへすれば、それで徳育が盛んになると考へる人があるならば談何ぞ容易なると云はざるを得ない」と、たんに修身の時間を増やしたからといって徳育が深まるわけではない、と天野は喝破するのである。〈時間をかければかけただけ教育効果は上がる〉という教育幻想を天野は見抜いていたのだ。
posted by 新谷恭明 at 23:40| Comment(0) | 研究ノート | 更新情報をチェックする