2012年10月14日

教育社会史

「教育思想史をやるのだ」
「一度やったろ?」
「それがどうした」
「同じ講義をまたするのか」
「いいものはいい。初めて聴く奴には初めてだろう」
「しかし。。。」
「問題ない」
では第1回
http://yoshikomylove.up.seesaa.net/image/E7ACACE4B880E59B9EE38080E69599E882B2E79BAEE79A84E381AEE6809DE683B3E291A0E28095E5ADA6E381B3E383BBE6A8A9E58A9BE383BBE882B2E381A1.pdf第一章 教育目的の思想①―学び・権力・育ち.pdf
 なかなかこれ全部は終われなかった。殊に「伊勢物語」で時間を費やしてしまったようだ。つまり講義は台本通りにはいってないということだ。それをよしとするか、否とするか。なんて議論はしたくない。講義は生きているものだから、それが正しいのだ。
 第2回目はごそっと学生が減っている。前回聴いてみて耐えられなくなったのだろうか。教室の前半分が抜け落ちたように消えている。だからと言ってめげたりはしない。聴きたいやつだけに聴かせるのだ。
第二章 教育目的の思想②―学びと育ち.pdf






posted by 新谷恭明 at 22:29| Comment(0) | 学部教育情報 | 更新情報をチェックする

高教組教研

 今日は福岡県高教組の教研集会があった。共同研究者としての参加は「人権・国際連帯の教育をどうすすめるか」という分科会であった。
 昨年この分科会で溝上氏と20年ぶりくらいで再開した。僕が中学校のPTA会長をしていたときのことだが、現在実行委員長をしている宗像地区「同和」教育研究集会の1回目だったか、2回目だったか、ぷりぷり怒りながらコメントをしていた人がいて、この人にPTAの同和教育研修会に来てもらった。当時盲学校の教員で視覚障害の生徒がマラソンを走るというので伴走者というのか、一緒につきあってフルマラソンを走っていた人だ。で、カタにとらわれない大胆な実践をしている見たいなので、来ていただいた。
 で、しばらく経って福岡県同教の機関誌に連載したりしているのを見てはいたが、彼がこの分科会に出席してきたのだった。実際に会うのはほぼ20年ぶりくらいだった。当時はキリリとしまった青年教師だったが、白髪の初老のおっさんになっていた。尤も僕も同様に加齢変貌していたが。但し、弁舌だけは相変わらず鋭かった。まあ、僕程度の共同研究者はいなくてもいいくらいに意見を述べていた。
 今年も来ていた。退職したらしい。確か僕より一つ二つは年長だったと思う。
 分科会は少数精鋭の8人。レポートは3つ。密度の濃い議論になった。
 1本目は特別支援学校の報告。卒後の生徒の支援がメインの報告であったが、生徒が高校生に差別発言をされたことから始まり、卒業後にも話し合う場を設けているといった内容だった。報告が終わったところで溝上氏が他の「高校教員」諸氏に突っ込みを入れる。この問題を「高校のセンセイたちはどう聞いているか?」と。この話を他人事、つまり障害児教育の問題として聞いてはいないか。しかし、これは高校に於ける部落問題や在日問題と同じ差別(被差別)認識の問題なのではないか。という問いかけだ。この問いかけの意味は大きい。特別支援学校の生徒たちに起きている問題は実はあらゆる高校に起きている問題なのだ。そこに障害児(者)であるとか、被差別部落の出身であるとか、在日朝鮮人の出自だとかで問題の本質が違っているわけではない。さらに言えば、そういう被差別課題を背負っていないような高校生たちにも当てはまる問題なのだ。
 2本目は報告者が被差別部落の生徒とその母親との関係の中で差別認識を深めていく報告であった。それは興味深い実践報告であったが、同和教育特設授業を行った段になって、疑念が生じた。その授業を行う前に報告者たちはその生徒と母親の思いを酌み取り授業案を作ったそうな。そこでだ。

>授業は担任と副任で行い、話すのは副任、担任は寝ている生徒を起こす役割だった。授業が始まると多くの生徒が寝たり、私語をしたり(ペンを投げ合うとか、大声で話すとか)ひどい状況でA(当該生徒)は泣きそうになるくらいに辛い思いをした。

 という状況が示されたので、気になって訊いてみたのだ。
「授業は荒れていたようだが、生徒たちがこうなるのは他の授業でもそうなのか」
「他の授業も荒れていることは多いが、この授業はもっとひどかった。」
「どういう授業だったのか」
「教師が部落との出会いをしたことから初めて行く授業だった」

 生徒が寝るというのは一つのパフォーマンスだ。授業に対する反発ないしは抵抗がそこには出ている。敵意と言ってもいいのかもしれない。なぜならそれは生徒自身にとっては関係のない話であるからだし、まして教師自身の出会い話をお仕着せがましく聞かされたのではたまらない。そこから逃げ出すか、ぶちこわしたくなるだろう。まして、部落との出会い、などと美談化したあざとい話を押しつけられては。しかも、それを起こされるというのはどうだろう。寝た子を起こす、ということがあるが、これは別な意味で寝た子を起こしているのだ。
 そうして寝たり騒いだりしている生徒たちも実は問題を抱えている。ていうか、問題を抱えていない子なら素直にセンセイたちの偽善的な出会い話に感銘もするだろう。しかし、課題を抱えた子にとってはそんな話は他人事でなければならない話なのだ。そうでもしなければ、堪えられない時間ではないだろうか。重要なのは教師の体験談ではなく、生徒たちの問題なのである。それぞれの生徒たちの課題と部落問題との接点に授業の核心を持っていかなければ授業は成功しない。
 溝上氏は「他の授業はおもろなかったけど、あの同和教育の授業はおもしろかった、と生徒に言わしめる授業にしろ」と言う。
「それは難しい」という声に、「簡単さ」とまさに簡単に切り返していた。
 一人の生徒と交流して差別認識を深めることはいいとしても、それだけではただのいいおじさんに過ぎない。それを学級単位で共有化しなければ教師の仕事にはならない。それが授業なのだろう。
 3本目は進路保障・支援の問題であった。報告者は3つのステージがあるという。①就学支援 ②修学支援 ③進路支援 だ。①は高校に入ってくる殊への支援。②は高校生活を続けられるようにとの支援。③は希望する進路を実現するための支援だ。
 いくつかの例が提示された。いずれも深刻な問題であり、親から子へ、そしてその子へ負の連鎖が続く構造が浮き彫りになってくる。
 民主党の政策で授業料は無償になった。しかし、校納金が相当な負担である。いろいろつつきだすと入学時に20万円近くの金が必要であり、毎月1万円以上の校納金が必要だという。その中身は教師たちの願望であれが必要、これも必要と買わせるものが多い。修学旅行の積み立てもバカにならない。それらは教師たちの収入から見れば何でもない金額の要求であり、教師たちの教育に対する関心から言えば当然の要求なのだが、親たちにとっては払いきれない金額なのである。
 まずは校納金をどれだけ下げられるか。修学旅行は本当に必要なのか。諸々の教材も本当に必要なのか。柔道着だの体操服だのも揃えなければいけないものなのか。それが修学を困難にしているのならば、〈どちらがたいせつなのか〉ということになるだろう。
 さらに進路を保証するときにいろいろ奨学金を紹介する。しかし、それらが人生の出発点に生徒たちに負わせる負債であることを教師たちは知っているか、と溝上氏は指摘した。同感だ。利息は違うけどサラ金の紹介と実は変わらないことをしているのかもしれないのだ。いくらくらいかというと短大くらいまで行ったとして、どうやら400万くらいの負債を背負うことになるらしい。やはり給付型の奨学金がもっと増えないといかんのだな。
 この議論を聞きながら「踏み倒せ、踏み倒せ!」と奨学生たちに心の中で呼びかけていたのはよかったか、まずかったか。
 生徒たちの経済的な問題は水面に出ている葦のようなものである。国の経済がよくなってきたら水面があがって葦は見えなくなる。その間に葦を苅っておくべきなのだが、放っておいたものだから、再び水面が下がってくると(景気が悪くなると)、また葦が水面に現れる。しかもその間に増殖しているのだな。そういうミスを教育現場はしたのかもしれない。
posted by 新谷恭明 at 19:07| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする