2012年04月28日

研究をするということ

 同僚の飯島氏とFacebookでちょっと話した。査読のことだ。業績主義が跋扈するようになったツケで論文の査読というのがしばしばまわってくる。飯島さんから「査読はどうしているか」と聞かれたので、こんな風に答えた。
    ************************************
 (まずは)論文としての体裁、問題設定が成り立っているか。引用の適切さ、史料もしくは資料の妥当性。論証の的確さ。オリジナリティ。そんなもののチェックだな。まずいものについてはどこを直せばいいか。査読だから期待は書かない。地方学会では論文としてみっともなくないことが最低基準。全国誌ではオリジナリティ、学会への貢献度だな。
    ************************************
 という感じ。それで今日は定例研究会だったのでこの話を出した。最低基準としてこういうことを満たしておくべきではないか。問題設定の大切さはいつも口を酸っぱくしていっているのだが、まったく身についていない。「○○はまだ誰もやっていない。」というような理由が出てくることが多い。言葉を返すならば「やる意味がないからやられていないのだ」ということになる。研究するにはどうしてもしなくてはならない理由があるだろう。それを立てて問題を設定しなくてはならない。
 次いで論証の段取りだ。方法論というものがあるだろうが、これがきちんと示されていないことが多い。滔々と状況的なことが述べられて、「ということで本稿ではこれとあれとそれを明らかにしたい」というふうに「はじめに」が書かれていて、状況的な説明とやろうとしているあれこれとの関連がつかめないものが多い。引用する文献も自分の結論を保証するような引用では自分の研究の意味がない。歴史研究の根幹は史料だ。今まで誰も使っていなかった史料を使うか、新たな読み方をし直すか。いわば誰でもが知っている史料を並べて説明してもそれは研究にはならない。学習に過ぎないのだ。
 最も重要なのはオリジナリティだ。地方学会であろうと全国学会であろうと、学会で研究成果を発表する限りは今まで誰も知らなかったことを発表しなくてはならない。喩え卒論であれ、修論であれ、今まで誰も書かなかったことを書かなくてはならない。それがオリジナリティと言うものだ。そのオリジナリティの質の高さが論文の出来のよさになるのだと思う。
posted by 新谷恭明 at 22:39| Comment(0) | 月例研究会 | 更新情報をチェックする

植民地下という歴史

 今日はIさんが留学中の韓国からいったん帰国しての研究会。植民地下朝鮮での感化院の研究であった。いろいろ興味深い発表であったが、「植民地下朝鮮」であったということから問題が位置づけられるならば議論はめっちゃおもしろくなると思う。それには「ちょこっと比較」のまなざしが必要だし、歴史的構造化が必要なのだろう。今日の材料で3本くらい論文書いてね。
posted by 新谷恭明 at 22:21| Comment(0) | 月例研究会 | 更新情報をチェックする

徳田球一というカリスマ 野坂参三の背信

 4月26日はもう一つ大学院の「教育社会史」、つまり戦後教育労働運動史のゼミがあった。題材にしたのは犬丸義一「戦後日本共産党の公然化・合法化」である。戦後公然化・合法化をなした日本共産党が徳田球一の家父長的支配という過程で抱えた問題は大きかったし、帰国した野坂参三のソ連との関係(これは晩年明らかになったことで)が大きな意味を持っていたこと、そうした日本共産党が戦後の労働運動、社会運動、そして革新派の形成に重要な役割を担っていたことをあらためて確認することになった。
 カリスマ徳田球一が「戦前の庭ー本共産党を理論的政治的に代表できる人物とは、必ずしもいえなかった」という著者の指摘は正鵠を得ていた。かつて連合赤軍を率いて破滅に持ち込んだ森恒夫なんかも周辺が消えていって残ってしまった不幸な指導者だったのかもしれない。
 日本共産党についてはある時代の政治体験がある人ならば理解していることなんだが、日本共産党について民主党と同じレベルでの「政党」認識しか持っていない人は多いし、僕らより若い世代ではまったくわからないのではないかと思う。その意味ではこういう「学習」はたいせつだ。
 思うに、教育史という狭い領域史業界ではこの程度の政治史も視野に入れない研究が多いような気がする。まあ、かつて「教育学なんて上部構造をやっても意味ないだろうに」と揶揄されたことのツケを払わなくてはならないのかもしれない。(この意味がゼミの諸君にわかればいいのだが)
posted by 新谷恭明 at 22:21| Comment(0) | 学府教育情報 | 更新情報をチェックする