2011年09月21日

医療と人権

それはともかく、一昨日父の見舞いに行った。南区の中村記念南病院なのだが、このようなものを右手にはめられ、ベッドの端に結わえられていた。脳梗塞の後遺症で左半身が不自由だから、左手は動かない。よって何も出来ない。ナースコールをしたくてもそれは結わえ付けられた腕のそばにあった。

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父は
「何も出来ない。トイレに行きたくても呼べない」と言う。はじめは意味がわからなかったが、どうやらこの道具が治療用でないことは確かだった。
ちょうど看護師が通りかかったので事情を問い糺すとオロオロして
「きっと何か危ないことでもあったのでしょう。今はだいじょうぶと思いますので外します。」
と解いてくれた。父は脳梗塞が再発した後遺症で記憶障害を起こしている。しかし、思考は思考としてしっかりしているし、自分の生きてきた人生に対して自負も持っている。自分がそういう扱いを受けたらと思うと実は体操部の優勝の喜びが相殺されるくらい落ち込んでしまった。
 昨日、再び見舞いに行った。そしたら父はしょぼくれていた。なんてことはない。眼鏡と入れ歯を装着していなかったのだ。
 父はかなり前に眼底出血を起こしていたし、先般の再発でかなり視野が狭くなっており、視力が相当落ちている。そして入れ歯をしていないと顔はしわくちゃになるし、だいたい話が出来ない。眼鏡はベッドの脇の棚にあったのでかけてあげた。もちろん自分で其れを取る事は出来ない。
 入れ歯についてはナースセンターに行って話してみた。
「見舞いに来たのですが、話をしたいので入れ歯を入れてほしいのですが」と。
 看護師の方が慌てて誰かに指図すると持ってきて装着させてくれた。20歳は若返ったし、笑顔も戻った。
 帰って妹に聞いたら、食事の後外すことがあるのだが、その後は再装着させて貰うはずなのだと言う。たぶん、忙しくて忘れていたのだろう。
 今日も見舞いに行ったが、ちょうど入浴中で、戻ってきた父と話をしたらえらい混乱していた。湯にのぼせて夢でも見たのかもしれない。しかし、いい夢ではなかったようだ。死とか、死に方についていろいろ語る。
 脳の問題だけで、身体的には何ともない。それをベッドに寝かされただけでは身体まで弱ってしまう。危なかった心臓も先日ペースメーカーを入れたので丈夫になってしまった。だから弱り切った肉体を強い心臓で生かし続けることになるのだろうか。
 しばらく話していたら少しずつ調子が戻ってきて笑うようになったし、話も筋が通るようになってきた。やはり悪い夢を見ていたのだろう。
 退屈だというのでラヂオを買って持っていった。しかし、指が上手くスイッチを押せない。帰り際にイヤホンを耳に入れてあげた。食事までの時間、ラヂオを楽しんでください。


 そうそう、もっと大事なことを書き忘れていた。この病院ではおむつをさせられている。便意を申告すればトイレでさせてくれるそうだが、一昨日のように右手を拘束されていてはそういう申告は出来ないだろう。父は入院するまでは普通に暮らしていたわけで、ただこの病院に入院したというだけでおむつをさせられているのだ。別に泌尿器系の病気ではないのだ。そういう事態はわれわれにも突然襲ってくることなのだろう。うかつには入院は出来ないと思う次第だ。

 医療と人権というのはこれからの人権問題としてかなり真剣に取り組まなくてはならない問題だろう。病院はある意味では治療を受けるという場ということで他の一切は捨てざるを得ない。父の場合は脳に起きた病気の問題を処理すべきなのだが、他の領域である日常生活や心理的安定という問題を切り捨てなくてはならないのだ。つまり、昔の艶笑小話で、指の怪我をしたときに聴診器を手に「服を脱いでください」と言って女性に不届きな対応をする話があったが、よく似た構造を持っている。父は一日ベッドに横たわっている必要はないのだ。しかし、徐々にそれが当たり前になっていく。心理的にもおむつの装着と点検などによる精神的屈辱とそれに馴れていくこと。
 病院というのは人間を丸ごと引き受ける場所だから解決しなければならない問題は多い。
posted by 新谷恭明 at 11:00| Comment(0) | 研究雑感 | 更新情報をチェックする